三塚博会見 |
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| 三塚博:政治家 | |
| ????年 | |
| 今日は、食べていこうと思えば食べていける社会だし、生きていこうと思えば、これまた生きてもゆける社会だからね。何も社長にならんでもソーリ大臣にならんでもだ、人生観に基づいて忠実に生きていくこと。これもまさに人生でありましてね、だから、それでもいいとは思うんですが、まさに政治というのは権力でしてね。権力というものを認めつつ議会政治の中で、国家あるいは社会というものに視点をおいた行動をしていかなくてはならないし、それはまた、皆が関心を持って(自分が政治家になるならないは別として)そのことに対する注文、批判を互いに行っていくという流れの中で全体の構成がうまくいくのだと私は思います。 だから、あなた(石坂君)の素直な感じは我が国だけでなく欧米先進国も大体そのような傾向になってきました。“ハングリー”というのはすべての原点というものでありましてね。努力の精神、ハングリー精神を持ってそれも満ち足りた中でハングリー精神というわけにはいかんし、そうすればやはり“人生というのは何か”ということを真剣に考え抜くことによって人それぞれの道を選んで、選んだ以上は思いっきりやってみる。挫折し、それを乗り越え方向転換というのもあるでしょうが、“まずやってみる”ということでいいんじゃないか。特に学生時代というのはね、就職のことを考えると“三年になるとまず勉強して優をいっぱい取らねばだめだ”というのもあるけど、まあ学生時代というのはそうゆうのにとらわれず、まさに自由闊達に生きる時代だし、やるべきだと思う。 そのことで終身雇用制という問題もあるけれども、アメリカのように能力によって、どんどんやれる時代が来ると思います。 そうゆうことで最近は、会社側ももちろん成績はみるけれど何も優秀でなくちゃあ採らない。その人の人間性、やる気といったものに重点を置いた採用というものをここ四年ぐらい(去年、今年なんちゅうのは低成長になってるからね)各一流会社はその方向に向かっているね。ま、あまり気にせんでさ。しかし、悩み考えるちゅーのはいいことだからね。私自身、“今これでいいんだろうか”とかんがえることは何度もあるわ。“こんなことをやっていてわだな、はたしていいんだろうか”とね。 ・・・電話・・・・・ 私も今、政調の筆頭、政策の責任者ですし、法律っちゅうもは、憲法の条項に照らして、いささかも違背があってはならんわけだし、これが最高裁において憲法判決をうけるようなものは政権党の所属議員として、そんな者は出すはずがない --- ですから各党もね、じゃあなくとも共産党も基本的には“ここに合いますといい法律だ!”とこう言うんだよ。組織政党として自民党と対立しながらもね、党勢拡大をしなくちゃならないという建前論でいつもね。行使権を言っている。でももうそう言う時代じゃあないかもしれないな。これだけハイテクの時代を迎えていくわけですから。イデオロギーではないは。いかにバランスをとりいかに物事をつくっていくかと、こうゆう時代にきているなあ。 (本間)マスコミの自由とか、報道の自由について伺いたいんですが、最近話題になっています三浦某氏のロス疑惑、あと、これは田中裁判にもある程度関係してると思うのですが、要するにまだ裁判に到ってない人物、また経過中で結果が出ていない事柄に対し、マスコミがある程度、つっぱしってしまった書き方をして結びの役が週刊誌ですけれども、ある程度マスコミ内でもその感覚(三浦事件の取り上げ方の是非)を問われていますが、その辺をどのようにお考えですか。 (三塚)やはり罪刑法定主義でしてね。憲法の基本方針は。そういう意味でね商業新聞、商業週刊誌とにかく売れればいいと。(少女雑誌と教育にしてみても)それで突っ走る。もう決め付けて突っ走る。―――これはいかんですね。それは編集者、ジャーナリストの良識の問題だわ。彼らにはきちんとしてもらわなければな。綱紀の校正者であり、悪に対しては徹底的にペンを振るう。しかし、そこにおいては正に真に真実であるかの明確な証拠付けがないままにそうであるだろうと追いかけていくということ事態が問題だし。僕は三浦報道など一度も読んだことがないよ。(最初は成り行きをみましたけど)あんなに騒ぎ立てるのはどうかなと思うな。ただね、私ども政治をやっておりますが、政治は権力ですからそういう意味の批判はあえて受け入れる。だから、そういう意味のマスコミ批判は私はしたことがないね。 (石坂)私どもは、今、大学生ですけれども、自分の周りを見渡してみても、例えば“よーし、俺は政治家になるぞ”とか“早稲田の雄弁会に入るぞ”とかそれで一直線に突っ走るといった人間がとても少ないように思うのです。今、自分を振り返ってみてもだらだら時間を過ごすことが多くて、決して自分が大学に入ってあれをやろうこれをやろうと思っていたことに対し、その通り自分が行動しているかといえばそうではないのです。 (三塚)やー、それは難しいな。個々人の人生観もあるしおかれている状況もあるし。率直に言いますと、“正義に対する信頼感がないこと”がひとつの根底にあると思います。相対的に見て自分は“政治家という立場の中で社会活動を進めて行きたい”と思う環境を我々も心がけながらやっていかなければ、と思っているのだけれども。 (村山)時間がそろそろ。 (三塚)じゃあ、また総裁選も終わって十一月に入ったら暇でもできるでしょうから、その時にまたきなさい。 (村山)では色紙をお願いします。 (三塚)字は下手なんだよ。 “一歩万歩”と記す (本間)ちなみに最近何に一番驚かされましたか。 (三塚)(色紙を書きながら) 例の森永・グリコ事件にはビックリするなあ。日本の犯罪形態もここまで変わってきたのかなと、実感するね。あれは悪質極まりないね。無差別だよ。犯罪にも犯罪倫理があるといえばおかしいけど(一同爆笑)あそこまでいっちゃいけないなあ。まだ、自民党本部をバーンとやってるうちはいいんよ。ちゃんとやり方を見るとさ、六時ごろまで議員さんいたんだろう。だからあの辺にいればちょうど会議室まで今頃はいねぇだろうと。ボンやっても殺すようなことはしねぇわな。こんなこといちゃいけねぇんだけどさ。(爆笑) (石坂)“一歩万歩”っちゅうのはどういう意味なんですか。 (三塚)“一番目をとろう”と、目的に向かって一歩ずついこうということでね、これ私の人生観なんですよ。“積み上げ”だと思うんです。あせらずね、誰でもあせるんだよ。 (村山)(黙って色紙をもう一枚出す) (三塚)アッハッハッ!もう一枚かい。 (増田)早稲田大学についてどう思いますか。 (三塚)今、聞いててね、また青春時代を思い出してさ。第二の東大みたいな感じはいかんと思ってるんだよ。これは絶対いかんと思ってるんだよ。早稲田ちゅうのはな、ある意味でハングリーであり、ある意味で勇敢でなければいかんよ。 (平木)第二の東大ということはつまり保守化してハングリー精神がなくなってきているということですか (三塚)そうだね。早稲田大学ちゅーのは、大隈さんが創立したころはそういう時代。しかし、あの時代と今もあんまり変わらないような気がするよ。“絶えず、社会の不安の中でそれぞれの立場は違っても、改革のためにやりぬく”ということがないといかんし。教授もこのごろは東大に負けんようにがんばるべということだけで、俺は今も渡部厚三や森と言うんだけど、今だったらとっても入ってこねーなって、浪人したって駄目だったなーて、こー言ってんだよ。だから成績でとるのは 90% 、後の 10 %は高校のときのたくましさでとっていくと。これは(この学生)はなんとしても早稲田ちゅうのをとらんと。そりゃー、全然バカだと困るけど、ある程度基本的なことさえ分かてりゃー、大学は四年あるから。 (増田)石橋港山内閣が出来たときに浅沼稲次郎社会党委員長が弁当もってかけつけたと(三塚氏いいなあー)、その時“早稲田民族主義に国境はない”と言ったといわれますが今でも三塚先生はそう思われますか。 (三塚)私はまさにそうだ。俺、尊敬するのは緒方竹虎、現代では港山先生もそうだが野党では浅沼稲次郎だ。俺、学生の頃は彼を愛したしまさに故郷はないね。今ね、早稲田出身の政治か達は共産党も含めて故郷はないと ----- お互いそれぞれの立場でやろうとね。オープンに話し合おうと。しかし、党のいろんな制約があるがそれはいいと。しかし、いいことはお互い、三年かかろうと五年かかろうとやろうと。といってんだよ。 (村山)本日は本当にありがとうございました。
編集後記 天皇問題では、和田(社 1 )のひざをたたき、お互いの目を見つめ、また、早稲田民族主義に涙し、益田(二文 1 )に合槌を打つ。 文書 石坂 仁 本文章の無断転載及び直接のリンクを禁ず |
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